ゆたりのTY日記

いつも心温かく生きていいって。

心の灯

自分への信頼感がないと
「自分がどうすればいいか」や
自分の価値を決めるのを

人に委ねてしまう。

 

「私どうしたらいいと思う?」と聞くだけで自分では考えなかったり
「私は〇〇で人に好かれないから」などと言って
「そんなことないよ、あなたは好かれてるよ」と相手が言ってくれるのを待ってみたり
態度で察してくれることを望んだり

 

そうやって自分で決めるべきものを誰かに頼ったとき
「さぁ?」とか「わからない」とか
流されたりとか
「自分で考えたら?」とか「自分の好きなようにすれば?」とか言われたりする。
イライラした態度で返されるときもある。

 

それは、相手から、判断の責任を
本来の持ち主の自分に返されることだから
自立した大人同士なら健全なこと。

 

だけど責任を自分に返されたことを
「冷たい人」とか「この人は優しくない」とか「怖い」などと
思ってしまう。

 

相手に「お母さん」を求めていたのかもしれないね。

 

世界は決められた「正しい」価値観で作られているのではなく、

個々人の「こうしたい」が寄り集まって作られていくものだ。

正解はないのだから、

自分がどうしたいかや、

自分自身が、ありのままの自分をどう見るかは、
自分でしか決められない。

 

他人に頼るのではなく、自分に聞く。

 

自分に聞けば答えはちゃんと返ってくる。
それは色んな形になって。


色んな所に答えが現れていることに気がつけば、
常に導いてくれているものの存在をありありと感じるから
自分は孤独だとは思えなくなる。

自分という世界の要人でもないちっぽけな存在にも、

あっと驚くような面白いドラマを用意してくれていて

大切にされていると感じるから。

 

そして、大きなものの導きを信頼する自分を
だんだん信頼できるようになる。

 

自分自身との信頼関係も、他人との関係を育てるように、大切に育てていくものだ。

 

生まれてからずっと
自分自身はひとときも私と離れることなく一緒にいてくれて、
私のどんな失敗も、何かを恐れていたことも、
人知れず涙したことも、小さなことに喜んだことも
良いことがあって浮かれたことも、自作の鼻歌も妄想も
一つ残らず知ってくれている。

 

そう思うと、いつもそばで見守ってくれる自分にも感謝が湧いてくる。

それからだんだんと
周りの人たちにどれほど守られてきたのかにも気付ける。

 

私の心に愛の灯をつけてくれた友達がいる。


それまで人からの優しさをうまく受け取れなかった私に
その友達は色々優しくしてくれた。

 

その子を大事に育ててきたご両親やおじいちゃんおばあちゃんの心の温かさまでが
その友達を通じて私に伝わる。

 

その子は、私が自分ですべき判断をその子に頼った時は、
ちゃんと
「わからん」
と言ってくれる子だった。

 

そのおかげで、依存関係にはならず
その子との関係は私の本当の心の支えになった。

 

その子に教えてもらったことを言っても
「私そんな良い事したかなぁ?覚えてない」と
言われてしまう。


そうやって意識しないで
人の人生を大きく変えてしまうような影響を与えていく人もいる。

 

一人でいるとき、その友達のことを考えると、
いつもそのありがたさに涙が出てしまう。

 

昔は、世界にはお金のために嫌々働いて

仕方なく生きる大人しかいないと勘違いしていたけど、
世界には有名無名問わず、心にそんな灯をもった人達がたくさんいて、
そのおかげで私は心が温かくなるようなことを体験したり
生きてきたんだとわかってきた。

 

そして、私たちを感動させる自然の存在や恵みにも灯が宿っている。

 

そうやって優しさで人や世界に点けてもらった心の灯を、

大切に育てたい。

 

そして今度は私が

「世界は冷たい所で、人生こんなもんだ。耐えるしかない。」と絶望しかけている人に渡せたらいいなと思っている。

 

だけどそれは狙ってするのではなく、
その友達がしてくれたように、自然に生きて
それがまた知らぬ間に誰かの心へ渡っていけばいいなと思う。